<第2回>
偉大なる無駄
「人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを
あなたがたにわからせるためであった」
(申命記8章3節)
エジプトからカナンまでの旅程を、イスラエルの民は40年もかけて放浪した。 これに何の意味があったのだろう。停滞と後退、不信仰と葛藤ばかりで、なんと非生産的な年月で
あったろうか。かれらにはわからなかったが、神はそれに明確な目的を持っておられた。それは、 彼らがすべての点で神のことばによって御心を確かめる信仰を確立するためであった(申命記8章3節)。
しばしば私たちも、このような一軒無駄に見える停滞を経験する。しかし、神の御心は明確である。
すべてのことは偶然でも成り行きでもなく、ただ神によって与えられるのであり、環境を越えて、 みことばに安息することを学び、神のことばの力と真実が明らかにされるためなのである(ヘブル4章10-12節)。
そのために私たちは信じ、祈り、待ち望まなければならない。
すべての必要が、神から直接与えられることを期待しよう。
この「風の翼」は1998年9月から22回にわたって、月刊誌「恵みの雨」の連載された信仰エッセイ集です。
〜 新生宣教団発行「恵みの雨」より転載 〜
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