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「あなたのためのメリークリスマス」

牧師 我喜屋 明

“恐れることはありません。
 今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
 きょうダビデの町で、あなたがたのために、
 救い主がお生まれになりました。
 この方こそ主キリストです。”

ルカの福音書2章10,11節


 歴史を大きく変えるほどの出来事に、およそ権力とは無縁な人々が居合わせることがあります。また世界を動かしていると自負する人たちが、実は歴史の真の支配者に動かされている事実に気づかないことがあります。
中東の片隅、イスラエルの国のベツレヘムで起こった世界で最初のクリスマスは、ほとんどの人々の目から隠されていました。わずかに、名もない貧しい羊飼いたち、星に導かれてやってきた東方の博士たち、エリザベツ、シメオンやアンナがイエスの誕生を祝い礼拝したのです。
時代はローマ帝国最初の皇帝アウグストの支配下、皇帝の勅令に基づく住民登録に応じて各地から大勢の人々がこの小さな町ベツレヘムに押し寄せていました。ヨセフとマリヤもその中にいました。大勢の人々のために宿屋はすでに満室、彼らが案内されたのは家畜小屋でした。そこでイエス・キリストは誕生され、飼葉桶に寝かされました。なんと小さな存在でしょう。私は神だ。飼い葉桶とは失礼な・・とも言わず、そこに天使からみ告げを聞いた羊飼いたちがやってきます。彼らは赤ん坊の主イエスを礼拝し、喜びにあふれて主を賛美しながら帰っていきました。 「主は富んでおられたのに私たちのために貧しくなられました。(コリント人への手紙II 8章9節)」 と聖書が語るとおり、神であられるお方が人としての歩みを始められました。そ れはまるで「アリの気持ちをつかむために、アリになるようなこと」でした。

主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。(ルカの福音書 2章9節)
神の栄光は罪人である私たちには恐れや不安であるでしょう。しかし、私たちの前に現われた神は小さなみどり子でした。そしてこの地上の歩みを始められたのです。誰でも近づくことの出来る飼い葉おけと親しさをもって・・これがクリスマスの恵みであり、「ひとりとして滅びることなく」この救い主にお出会いできますようにという神様の熱い心でありました。

聖なる、聖なる万軍の主、その栄光は全地に満つ(イザヤ書6章3節)

 聖書は「はじめに神が天と地を創造した。(創世記1章1節)」 ということばではじまり、神がそのことばで世界を創造し、この宇宙を造られたと宣言 します。宇宙は神の御手の中でその法則に委ねられ、今日、私たちが日常で経 験する自然界は、その法則によって運営されていることをみています。あと数 メートル地球の軌道がずれていたら、地球の軸の傾き角度があと10度違ってい たら、太陽の軌道があと数メートル違うだけで、この星は不毛の地になってし まうという事実はあまり語られません。偶然にこのようなものが存在するので しょうか?偶然を信じる人は最も奇跡を信じている人たちではないのでしょう か。これらの法則がとてつもない知恵を持ったお方によって支えられていると 信じるほうがよっぽど理に適うことであるはずです。
らに聖書は私たちが特別な存在であると語ります。

そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。
見よ。それは非常によかった。

(創世記1章:31節)

 最初の人と言われるアダムとエバはそのように神によって造られこの地の支配者、管理者として目的をもって創造されたのです。彼らは自由に神との交わりをすることができました。神と語りあい、その中で自分の存在を知り、目的を知ることが出来ました。 彼らは裸であったのに、恥ずかしいとも思わなかったのです。文字通り、身も心も隠す必要がなかったのです。親を信頼しきっている小さな幼子の心を持っていました。 神が求めたもの、それは父なる神との愛の交わりでした。互いに信頼し、神の与える安息の中で、使命をもって生活することでした。

神との断絶

 そのように歩んでいた彼らをヘビの姿をしたサタンの誘惑により、神が食べてはならないと言われた木の実をとって食べてしまいます。サタンは神のことばの真実に疑いを持ちこみました。このやり取りは有名です。ヘビであるサタンは「園のどんな木からも食べてはならない、と神は本当に言われたのですか??」神は本当に言われたのでしょうか?と疑いを投げかけ、エバの答えを曖昧にしてしまいました。「あなたがたが死ぬといけないからだ。(創世記3章3節)」これは神が言ったことと明らかに違います。神は“死ぬといけないから“などと曖昧なこともいっていません。必ず死ぬ(創世記2章17節)と明言されたのです。
 彼らはその時から永遠のいのちの源である神と断絶しました。神から離れることによって、自然であったものが不自然になりました。罪が入り必ず死ぬ存在となりました。自分達が裸であるのを知り、恥ずかしいと思い、神から身を潜める存在となりました。自由に神との交わりを持っていた彼らが、その罪のために神を見る目を失いました。代わりに彼らを支配したのは「神のようになれる」「賢く生きよう」「強く生きよう」ということでした。神を見ていたその目は自分に向けられました。これでは神になれない・・だからもっと積み上げよう。ここまで来た、あと少しで天に届く。バベルの塔のような心、「さあここまで積み上げた。今の時を精一杯エンジョイしよう。」でも心の深い部分には受け入れられない矛盾した何かを感じるのです。それが死の不安です。神と離れていることは、すでに死んでいる(エペソ人への手紙2章5節)というのです。そして必ず死ぬのです。
人の不幸は神様を見る目と耳、霊的な領域を失ったことにあります。霊、魂、からだが健やかでありますように。という神の御心に対して、霊の部分、すなわち神とのつながりを失ってしまいました。最終的に自分の決断や判断が求められていく。もちろん最初の人もその決断、判断を行う自由がありました。でもそれを支えるお方、神の御手の中で安心していられる、神という大きな枠の中で、このかたが共にいてくださるので、私たちはどんな時も最終的な決断を仰ぐお方がいらっしゃる。というかけがえのない平安、安心を失ったのです。聖書はこのお方から離れて生きることそのものが死であると語ります。

父よ、彼らをおゆるしください。
彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。

(ルカの福音書23章34節)

 十字架上で、十字架につけた群衆にむかって主キリストが叫ばれたことばです。 何をしているのかわからない。何をしていいかも分らない、何をしたら駄目なのかもわからない。それが私たちの罪ある者の姿です。
 ゴスペルシンガーの上原令子さんは沖縄出身、アメリカ人と日本人のダブル(ハーフ)として生まれました。そんな彼女が若い頃に友人のことばに傷つき、あいの子と呼ばれていじめられた幼少を思い出すたびに、外傷に塗る薬はたくさんあるけれど、だれかこの心に塗る薬をもっていない?人の中に、傷つき腫れたハートに塗る薬を持っていないかと探したそうです。しかし、それはどこにも見当たりません。そんな彼女が主イエスに出会い、自分の心に塗る薬を見つけたのだそうです。 どんなに医学が進歩し、私たちの外側をいやすことが出来ても、私たちの内面をいやすことは不可能です。その傷つける罪、私のうちにあるエゴそのことに完全な治療と薬を持っておられるお方はただお一人です。あなたは傷つき疲れた時に休む場所をお持ちでしょうか?

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。

(マタイの福音書11章28節)

 そのように言われる主イエスキリストをご存知でしょうか?私たちの罪の贖いのために十字架につけられ、永遠のいのちの保証として三日目によみがえられた主イエスキリスト、この方が来た目的は、父なる神と人、あのエデンの園で持っていた永遠の交わりの回復です。

神は実にそのひとりごをお与えになったほどに世を愛された。
それは御子を信じるものがひとりとして滅びることなく
永遠のいのちを得るためである。

(ヨハネの福音書3章16節)

 主イエスは今や全世界の人々の救い主として、そして今日あなたの救い主として恵みの御手を差し伸べています。この方は神であるのに、神であることを捨てられないとは考えませんでした(ピリピ人への手紙2章6節)。誰のために?あなたのためです。私たちと同じこの地上で、同じ視線で、同じ肉体的弱さを持ち地上を歩まれました。飼葉桶の御子イエスキリスト、貧しい人、富める人、外国人、すべての人が彼の元に行く事が出来ました。この方は十字架で、私たちのために呪いとなり、すべての罪人の代表として、血を流されました。私たちの身代わりとなり、神と人とを断絶している罪を処分してくださいました。またその死からよみがえり、永遠のいのちを与える全世界の救い主として、地理的、時間的枠を超えてあなたのもとに来てくださいました。野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた羊飼いに光が差し込んだように・・・

恐れることはありません。
今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。
この方こそ主キリストです。

(ルカの福音書2章10,11節)

 メリークリスマス!! 神が人となられた日、今日天使の賛美があなたの上に響き 渡ります。『私の目にはあなたは高価で尊い。』わたしはあなたを愛していると。



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